一期一会の世界。



部活動に入ってない僕はその日も授業が終わると、教科書等を鞄に詰め込んで早く家路につき、明日の予習復習をしないと…とさっさと教室を出て行った。
授業が終わりそれぞれの時間を楽しんでいる人たちを余所目に、ざわついた教室を幾つも通り過ぎる。
その時だった廊下の真ん中で教室内の様子をカメラに収める不審な人物。
見た目にもごつい(恐らく凄い高いであろう)カメラを手に、次々と教室内ではしゃぐ生徒たちや、机に向かって今日習った所をもくもくと復習している生徒、先生とお喋 りに興じる人たちを次々とカメラに収めていく。
クレアール学園の制服を着ていなければ恐らく僕は彼を不審人物として、先生に報告していただろう。
だがクレアール学園の制服を着ているという事は、恐らく写真同好会の人か、カメラが趣味の人であろう事は容易に推測できる。
なら僕には関係のないことだ。
だが、いつもならそんな事気にも留めずその場を立ち去る僕が、じっとその人を見つめてしまったのはその顔がとても楽しそうだったから。
カシャカシャとシャッターを切る度に廊下に響き渡る音が耳の中に心地よく反射する。
そしてシャッターを切るたびにその瞳が嬉しそうに細くなるのが目に焼きついて。
僕も趣味で帰り道に時折風景を撮ったりするが(もちろん趣味の一環だからインスタントカメラだ。)、その時にもこんな顔をしているのだろうか…。
暫くその場に立ち尽くして居ると、僕の視線に気づいたのかその人がカメラを下ろしてこっちを見た。
「あぁ、ゴメンゴメン。こんな所で撮ってたら通行の邪魔だよね。」
苦笑しながら謝ってくるその人に僕は思わず質問していた。
「教室の風景なんて撮って楽しいですか?」
質問してしまってから、しまった!と思った。
いつもの僕ならこんな事はしない。
ただよけて空いた空間を黙って通り過ぎるだけだ。
何故こんなことを訊いてしまったのだろう…頭の中で疑問だけがグルグルと廻る。
だがその人は特に気にすることも無く、笑いながら質問に答えてくれた。
「ボクは写真同好会に入ってるんだけど、放課後はいつもこうしていろんな教室を撮り回ってるんだよね。だって楽しいでしょ?日によっても、教室によっても、人によっても、毎日違うモノがそこには在る。それって凄く面白いことじゃない?」
にこにこと笑顔のまま、まるでそれが当たり前の事のように話す。
面白い…?
「僕も趣味で写真を撮りますけど、僕が撮る草花や風景はいつも同じで面白くなんて無いですよ。」
僕が答えるとその人は僕に向かって不思議そうな顔で訊いてきた。
「じゃあ君のアルバムの中には同じ草花や、同じ所で撮った風景の写真は無い?」
その質問を受け、頭の中に部屋の本棚にしまわれたアルバムを思い描く。
………………。
答えない僕の顔を見てクスクスと、またその人は笑った。 沈黙を肯定ととったのだろう。
「ね?草花も風景も人もみんな一緒。同じ瞬間なんてもう二度とないんだよ。シャッターを切った次の瞬間にはもう違うモノなんだ。人間がそれが一番顕著に出ているんだろうね。だからボクはこうして毎日色々な教室や、人物を撮り歩いてるんだ。写真の世界は一期一会だからね。あっ、帰るところだったんだよね。ゴメンね、ベラベラとお喋りしちゃって。じゃあ、ボクは別の所に行くね。バイバイ☆」
そしてその人は、また別の場所を目指して歩き出していた。

その場に取り残された僕は、ずっと心の中で彼の言葉を繰り返していた。




“写真の世界は一期一会だからね。”




こうして僕が毎日同じように繰り返している日常も一期一会の世界なのだろうか…。


「あっ!君!!もし写真に興味が有るなら一度写真同好会まで来てみてねー☆」

そんな事を考えていると、遠くから彼が手を振りながら叫ぶのが聞こえた。

写真同好会。

部活に入る予定など全く無かったのだが、ちょっとは考えてみても良いかもしれない。
そんな事を思いながら、僕はまた歩き出した。